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専門医に訊く 病院・医療機関でのトイレ清掃管理・消毒の基本と注意

菅原えりさ先生
東京医療保健大学大学院医療保健学研究科 教授。
感染制御学博士/感染管理認定看護師。
1983年より日本赤十字社医療センターに勤務。2001年に感染管理認定看護師の資格取得後、看護師長として院内の感染制御を専従で担当し、病院感染リスクのモニタリングやその低減活動を実施した。2016年4月より現職。日本環境感染学会評議員

菅原えりさ先生

病院・医療機関では近年、院内感染や危険なウイルス感染症などが大きな問題となっており、対策に力を注いでいます。利用者の中にも「トイレで感染するのでは?」「病院の温水洗浄便座を使っても大丈夫?」と不安に思う人が少なくありません。安心して気持ちよく利用してもらえるよう、以前にも増して、適切な維持管理が求められているといえるでしょう。病院・医療機関のトイレ清掃を行う際に、今一度見直し、徹底し気をつけていただきたい基本が幾つかあります。
菅原えりさ先生にそのポイントをお聞きしました。

Q1.そもそもトイレでウイルス・菌に感染することはあるのですか。

トイレを使用するだけでは感染は起こりません。
排泄物を介して起こり得る感染症(感染性胃腸炎、食中毒など)の感染経路のほとんどは「糞口感染」です。つまり、排泄物(に含まれるウイルスや細菌)が口から消化管に侵入してはじめて感染が成立します。最も良く知られているのは「ノロウイルス感染症」です。
たとえトイレを使用してお尻にウイルスや菌が付着したとしても、それだけでは感染症は発生しないのです。

口にウイルスや細菌が侵入する最も考えられる原因は、ひとつは、排泄物から舞い上がる飛散物を吸いこんだ場合、そして、手に付着した排泄物(に含まれるウイルスや細菌)を無意識のうちに口へ運んでしまう場合です。トイレ使用の関連で最も原因となりやすいのは後者だと思います。トイレの清潔を保持することはもちろんですが、感染症から身を守る最も重要なことは各自が排泄後にきちんと手洗いまたは手指消毒を行うことです。

なお、ノロウイルス感染症はほとんどの場合3日程度で治りますが、症状が消失したあとも1週間から2週間ほど、便中にウイルスが排泄されます。自分は治ったと思っていても自分の排泄物が感染源になることがありますので、ノロウイルス感染症に罹患した方は、治癒後であってもトイレ後の手洗いは入念に行ってください。

糞口感染の流れ

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日常的なトイレ掃除について

Q2.では、病院や医療機関での、日常的なトイレ清掃の注意点を教えてください。

当然ながら利用者の手に触れるところ(ドアのノブ、トイレットペーパーのホルダー、壁など、便座も含む)と排泄物が直接触れる「便器」とは、必ず分けて行う必要があります。

個別に注意点を挙げてみましょう。

① あちらこちらを同時に掃除しない

壁を拭いた雑巾で便座を拭き、また壁を拭くなど、手順が混じってしまうと、作業を分けた意味がありません。「清潔」から「不潔」の順番で清掃することが基本です。また、それを踏まえた手順書を作成しましょう。

②「ブラシ、雑巾」などの清掃道具は、「便器」と「周囲」で必ず別のものを使う

作業を分けるだけでなく、道具も別のものにします。道具は毎日「洗浄・漂白・乾燥」をします。また、清掃中に明らかに汚れが付着したブラシや雑巾はすみやかに交換してください。

③トイレ清掃の注意点

最近のトイレは性能がよく水洗時の飛び散りは少ないとは思いますが、勢いがある水が流れる以上、周囲への飛び散りを考慮する必要があります。また、温水洗浄便座からの飛び散りも考えられます。
水洗水や温水洗浄便座からの飛び散りは便器周囲を汚染し、そこは利用者が手を触れる箇所かもしれません。そのようなことも想定した上で壁面や手すりなどの清掃を心がけましょう。

④「手袋」「マスク」、場合によっては「防護着」を身に着けて掃除をする

自らの身を守るため、そして、汚染を他に伝播させないために適切に防護着を着用します。特に手袋は医療機関などでよく用いられる“使い捨て”のものを使用します。
防護着は、着用するときより、脱ぐときが重要です。防護着の使用方法については各施設の感染制御担当者とよく相談し、指示に従う必要があります。

⑤ 手指衛生のタイミングに気をつけ徹底する

CDC(アメリカ疾病管理予防センター)が2002年に出した「医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン」が、日本でも標準になっています。このガイドラインには、主に患者に接触する前や後、患者の周囲環境に接触した後が手指衛生のタイミングであると示されています。さらに、手袋を外すときに手を汚してしまう可能性を理由に「手袋を外した後」も手指衛生のタイミングであると明記されており、このタイミングは清掃担当者にとって最も重要なポイントかもしれません。医療従事者同様、清掃担当者もこのガイドラインを念頭に、患者さんへの接触前後はもちろん、その周辺環境に接触した後、そして手袋を外した後には、手洗いまたは手指消毒を忘れないようにしましょう。
手指衛生の方法と使い分けは、次の2つがポイントになります。

1. 流水・石けんでの手洗い
流水・石けんでの手洗い
ワンポイント!
手を洗う時は無意識になりがちです。
手洗いに専念するため「今、手を洗っている」と少しだけ意識してみてください。
手指衛生の方法と使い分けは、次の2つがポイントになります。
2. アルコールによる手指消毒

①アルコール消毒液をワンプッシュ(ポンプを下までぎゅっと押す)手に取る

②まんべんなく乾くまで手に擦り込む。

ワンポイント!
ワンプッシュはだいたい3mL。
15秒以内に乾かないくらいの量を取りましょう。
⑥ 清掃道具を病院がチェックする

トイレの清掃道具(洗剤類も含む)は、受託した業者の責任で院内に持ち込むものです。しかし、委託する側の病院も、道具が適正に使用されているかをチェックすべきです。

清掃業者との契約は医療施設側の事務が担当しますが、清掃内容や方法、感染症発生時の注意などは、感染対策担当部署と連携するのが理想的です。清掃業者も積極的に病院側と相談し、顔の見える関係を築くことが重要です。

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トイレの消毒について

Q3.トイレは日常的に消毒すべきでしょうか。

日常的に消毒する必要はありません。

ただ、業務用のトイレ洗浄剤には「除菌成分(主に環境表面などを消毒するのに適した消毒薬)」が配合されているものが多いようです。しかし、除菌成分入り洗浄剤の殺菌または殺ウイルス効果はよくわかりませんので、それを使用していても「消毒」していることにはならないと考える方が安全でしょう。

Q4.日常清掃の中でノズルの消毒は必要ですか。

いいえ、必要ありません。

例えば、ノロウイルスが発生すると、「温水洗浄便座のノズルが原因ではないか」とおっしゃる方がいます。

しかし、前にもお話ししたように、理屈ではウイルスや細菌がお尻に付着しただけでは感染しませんので、温水洗浄便座のノズルが感染源ということはないのです。それより、お尻を拭いたその「手」が感染経路なのです。温水洗浄便座のノズルを消毒するより、排泄後の手洗いまたは手指消毒をしっかり行うことが、ウイルスや細菌を断ち切ることになるのです。ただし、ノズルは汚れやすい部分なので、日常の清掃を怠らないようにすることは言うまでもありません。

Q5.病院内で特定の感染症が発生した場合は、どのように消毒すればよいでしょうか。

ノロウイルスによる感染症や、最近取り沙汰されるようになった偽膜性腸炎:クロストリディオイデス(旧名クロストリジウム)・ディフィシルが原因菌(大腸内の常在菌。抗生物質の投与で菌が選択され増殖し、腹痛、下痢などを起こす感染症。この菌は「芽胞菌」と言われる菌の一種で消毒薬が効きにくいとされている)などは、感染力が強く、患者を隔離するだけでなく環境(トイレも含む)の消毒も必要になります。

その際使用する消毒薬は、問題となっているウイルスや細菌に効果があるものでなければなりません。例えば、ノロウイルス感染症や偽膜性腸炎には、次亜塩素酸ナトリウムが有効ですが、この消毒薬は濃度調整が大変重要で、希釈濃度が薄いと効き目がありません。

清掃担当者が隔離患者の病室を清掃または消毒をしなければならない場合は、当該施設の感染対策担当者の指示に従いながら適切に実施することが重要です。

微生物の消毒薬抵抗性の強さと環境消毒に適用される消毒薬

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日本レストルーム工業会からのお知らせ

菅原先生のお話にもありますように、医療機関においては感染予防の点からも日常清掃によってトイレを清潔に保つことは極めて重要です。

このたび、日本レストルーム工業会では、『医療機関におけるトイレ清掃マニュアル作成のための手引き』を作成しました。
トイレ清掃手順だけでなく、医療機関の清掃で重要な、用具や防護具、手指衛生、さらには器具の消毒に関することも掲載しました。各医療機関に合った仕様書、作業マニュアルを医療機関、受託清掃事業者それぞれで作成される際の手引きとしてご活用ください。

医療機関におけるトイレ清掃マニュアル作成のための手引き(A4版)

■ご注意:温水洗浄便座の材質と洗剤、消毒薬について

温水洗浄便座の外装は主としてプラスチックで構成されていますが、洗剤成分が残っているとそれが原因でひび割れが発生したりする場合があります。洗剤を使用して清掃を行った場合は、必ず水拭きをするなどして洗剤成分を除去してください。最近では便座や便ふたなどの力のかかる部分には洗剤成分や薬品に比較的強い樹脂を使用したものが多くなっていますが、部品によってはABS樹脂やアクリル樹脂など影響を受けやすい個所もあります。
材質に応じた清掃を行っていただくようお願いします。

■使用可能な消毒薬の例

感染症の種類によっては温水洗浄便座の消毒が必要になる場合もあります。環境消毒に用いられる代表的な消毒薬について、使用できる部位を一覧表にしました。消毒薬を用いる場合にはご注意願います。

<使用可能な消毒薬の例(一覧表)>

使用可能
× 使用不可

  中水準消毒薬 低水準消毒薬
次亜塩素酸ナトリウム アルコール系 第4級アンモニウム塩
部位 代表的な材質 次亜塩素酸ナトリウム
1000ppm(0.1%)※1
アルコールベースの
消毒薬
塩化ベンザルコニウム
2000ppm(0.2%)
便座 PP樹脂
ABS樹脂 ×
便ふた PP樹脂
ABS樹脂 ×
本体ケース PP樹脂
ABS樹脂 ×
ノズル PP樹脂
ABS樹脂 ×
センサー窓 アクリル樹脂 ×
ABS樹脂 ×
洗浄ハンドル 樹脂 ×
金属(メッキ) ※2
便器 陶器
陶器以外 ×
タンク 陶器
陶器以外 ×

※1: 次亜塩素酸ナトリウムは長時間の放置はせず、必要に応じて消毒後薬剤を十分に拭き取る。
※2: 金属部分の腐食やメッキはがれの原因になる。

■温水洗浄便座の主要構成部品の材質(材質は一例です。製品によって異なります。)

温水洗浄便座の主要構成部品の材質(材質は一例です。製品によって異なります。)

■PP樹脂とABS樹脂の特徴

ABS樹脂は成形性が良く美観に優れていますが、洗剤や薬品によってひび割れが発生する場合があります。また、PP樹脂は洗剤や薬品には強いが、ABS樹脂に比べて柔らかいためキズが付きやすいといった特徴があります。

具体的な消毒方法については公のマニュアル(医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き)等に準じて実施願います。
材質は一例です。製品によって異なりますので、詳しくはメーカーにご確認ください。