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トイレアラカルト

便器の歴史(出典:衛生陶器55年、東陶機器70年史

平安鎌倉江戸 陶磁器製便器以前、木製の便器が古くから利用されていた。
平安:貴族の間で「樋箱(ひばこ)」が用いられた。
鎌倉:下肥(げひ)の利用が盛んになり、溜めておく設備が求められる。
    →汲み取り式便所の形式へつながった。
江戸:武士・富豪:大便所と小便所が分離。
小便所には木製の朝顔形の便器が用いられた。
一般庶民:便器使用なし。
明治初期 陶磁器便器は以下の3種類。
明治23年頃までは木製品の代用品としての用途が強く、需要は低かった。
・角形大便器
・朝顔形小便器
・置便
いずれも木製便器の形状を模したもので、東型、西型の2種類が存在した。
東型:瀬戸本業窯と常滑の製品
西型:信楽および赤坂製品
明治24年 濃飛大地震  瀬戸本業便器時代の幕開け
明治37年 名古屋に日本陶器合名会社設立
⇒目的は、輸出用白色磁器の製造がほぼ可能となったため、大量生産するヨーロッパ式近代工場を建設し、製品を広く海外に輸出し、日本の貿易隆盛に貢献すること
森村組:輸出販売担当
日本陶器合名会社:製造担当
池紋工場にて日本初の和風水洗大便器、洋風小便器(並形壁掛小便器)を製造。
明治45年 衛生陶器の研究開始
⇒大倉孫兵衛、和親親子の私財により、日本陶器合名会社の工場の一隅に製陶研究所が創設され、硬質陶器素地質による衛生陶器の研究開始。当時の衛生陶器は、すべて欧米メーカーから先駆的設備業者が直輸入し工事する例が多く見受けられた。海外生活を長く経験した和親は、いずれ衛生陶器の時代がくることを確信、今から国産化を急ぎ、外国製品に劣らぬ製品を造ることで輸入を阻止し、国家社会に奉仕しようと考えた。
大正元年〜5、6年 本業風産地(瀬戸本業窯、常滑、三河、平清水等)にて便器成形において、石膏型による型起こし法へ改良
大正3年 製陶研究所製 水洗式便器を初出荷
大正4年 高島製陶所設立
大正5年 丸窯製品株式会社(通称丸窯会社)設立
⇒価格の混乱を防ぐため、丸窯便器メーカーの共販機関として設立
合資会社杉村組設立
大正6年 東洋陶器株式会社(現TOTO株式会社)設立
⇒名古屋の日本陶器内の製陶研究所を新工場内に移転。
小倉を選んだ理由は、筑豊の石炭と天草陶石等の主要原燃料の入手が容易だったことおよび、予想される輸出市場、中国大陸、東南アジア向け船積港の門司に隣接していたためといわれる。
中央窯業株式会社設立
大正7年 讃岐便器製造開始
⇒外見は信楽便器に酷似。焼成温度が800度程度の低火度品。
小松製作所設立
大正9年 合資会社豊橋製陶所設立
⇒関東大震災前までに東陶、名陶、高島製陶、小松製陶、豊橋製陶の5社が設立。日本の衛生陶器業界が形成された。
中央窯業株式会社(旧 合資会社杉村組)は、株式会社名古屋製陶所に吸収合併される。
大正12年 関東大震災 復興特需
東京の市部約4割が消失し、これを契機に近代都市にふさわしい新しい東京ができあがる。その復興特需で衛生陶器に対する需要がいちどきに発生。
主力は組便器(非水洗の大小便器セット)、手洗器、洗面器。
大正14年以降 復興事業終了後も耐震耐火構造の高層ビルが建ち、東京都心がビジネスセンターへ変貌をとげた一方で、自家汚水浄化槽の普及、下水道・下水処理場の整備が進捗しつつある時期であり、それらがあいまって衛生陶器の大きな需要をつくった。昭和に入り、都市の近代化や衛生思想の普及とともに、主要都市で下水道施策が徐々に拡充され、衛生陶器の需要を喚起。
昭和元年 丹司製陶所(現:アサヒ衛陶株式会社)非水洗便器の生産開始
昭和7年 東邦サニタリー株式会社設立
昭和10年 村万製陶所衛生陶器の研究を開始
昭和11年 合資会社加藤製陶所設立
昭和12年 日本陶業株式会社設立
昭和15年 わが国初の衛生陶器規格が制定される。
衛生陶器臨時日本標準規格(JES)
昭和17年 戦局が悪化し、わが国の陶磁器工業は深刻化する原燃料難、労働力難、 輸送難のなかで府県庁監督のもと企業整備統合がすすむ。
 東洋陶器、小松製陶所、丹司製陶所の3社はそのまま存続
 名古屋製陶所・東邦サニタリー:1社に統合
 加藤製陶所・高島製陶所:1社に統合
 豊橋製陶所・日本陶業・村万製陶所:1社に統合
昭和20年〜 占領軍の特需は陶磁器業界も例外でなく、とくに衛生陶器の分野では、戦前から経験豊富な東洋陶器に受注が集中、水栓金具セットを含め、全特需の90%に及ぶ量を引き受けた。
こうしたなか、戦前から東洋陶器のライバルメーカーであった名古屋製陶所が 凋落の傾向を強めていた。それに代わり、戦前、陶管やタイルを製造していた伊奈製陶株式会社(現 株式会社INAX)が衛生陶器の分野に進出し、他にも企業整備、転業、廃業、新規参入が相次ぎ、業界は再編成に向かって動きだした。
昭和22年 伊奈製陶衛生陶器の生産を開始
昭和23年 西浦製陶株式会社(現 ジャニス工業株式会社)衛生陶器の生産を開始
昭和30年 日本住宅公団設立(和風両用便器採用)、衛生陶器JIS制定
昭和34年 日本住宅公団が腰掛便器(隅付タンクタイプ)採用
昭和42年 日本住宅公団が密結便器採用
昭和40年代後半頃 都市部中心に工場用水と生活用水が増加の一途をたどり水不足問題が深刻化、S48年利根川水系渇水により平均10%の給水制限等節水問題 クローズアップ。
昭和51年 和風洋風便器の出荷比率が50:50に(TOTO調べ)
昭和62年 松下電工株式会社(現 パナソニック電工株式会社)
水洗便器の製造販売開始

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